popopopopolar.

d-pb:

こたえ、ってのはたしかに重要だよねぇ

それがあれば、いろんなものが手に入る

世界がみんな、よい子がみんな、

みんなが求めているのが、こたえ

それは人類の目的、真理であること、正しいこと

でも、ちょっと待って!

こたえが見つかることは、ほんとうにたいせつ?

なぜ、たった一つのこたえしかないの

こたえはわがままだから、きっと他のこたえがきらい

いやそれは、人間がそうしただけ

ほんとうはいろんなこたえがあったっていい

こたえをひとつと決めたのは誰?

人間がいなければ、こたえ、なんてないのにね

(120419)

わたしが知りたいこと
やりたいこと


ただ見るんじゃない
ただ飾るんじゃない

「写真を見る」ということに対して
どんなアプローチが出来るか
どんな媒体に載せて
どんな角度から見るか

写真を体感する
それをどう突き詰めるか

高校にあがるとき
もっと色んなものを見なさい、と
専門高校を選ぶのを辞めた

ねえ
もう、いいかな
まだまだ知りたいことがあって
それを
レンズを通して
見ていきたいと思うんだよ
もっと知りたいし
もっと学びたいよ

いま考えてる理想の形は
お金貯めて卒業して
バイトしながら
週一回の学校に行くの
カメラを触って
カメラをもっと好きになって
帰ってくる
何年かね

二年くらいで、5個くらいコースやって
それから
70万貯めて、プロコース行きたい
それで、就活したい

時間なんて沢山あるよ
20代なんて、まだ大丈夫
まだ学べる
まだ遊べる

就活、ホントは今すぐ辞めたい

また、いなくなる
私を置いて
行ってしまう

もう、こんな気持ちは嫌だ
寂しい
なんて寂しいんだ
悲しい
帰ってきてね
いつでもおいでね
寂しいんだ
わたしは、ここに
取り残されてるようで
寂しい
悲しい
本当は、
本当に、
いなくなってほしくないんだ

d-pb:

デザインについて書かなければいけない論文が一本ある。しかしわたし自身できれば「論述」からは、一歩距離をおきたいと思うのだ。科学や学問は論述あるいは論証をその中心に置いている。つまりそれが「正しい」ということを、きちんと証明し説明しなければならない。ある条件Aが成り立つとき、必ずBが成立する、ということが言えること。それを命題というのだが、デザインはそもそも「命題」を扱っていないのである。そこがそもそも全然違う。

d-pb:

芸術家やデザイナーなどの表現者は、おそらくもれなくメディアに恋をしている。ここでいっているメディアとは、音楽、絵画、小説、詩、文章、写真などの表現の方法というか形式のことである。

もちろん、先行く人の作品自体に魅せられるということは当然あるのだが、作品それ自体にあまりに魅せられるすぎると、自分では作品が作れなくなってしまう。とにかくそれが絶対的によいのだから、それ以上を自分ではどうすることもできない。また、それらの鑑賞者にとっては、作品がよくて好きなだけで十分である。

漏れたのは多過ぎる酸素と笑い声。

引き裂かれた朝刊。
ふたつに分かれたティッシュ箱。
腕に引かれた赤いライン。

このまま何も描けなくなったらどうしよう

d-pb:

結局のところ、愛そうと生きるのか、愛されようと生きるのかに分かれる。まわりを見回すと、自分も含めて愛されようと生きているひとが圧倒的に多い。愛のマーケットは、需要に供給が追いつかない。

でも愛されようとすることは、苦しさがともなう。愛されたいという願望は、愛されることによってしか満たされない。結果が他人まかせなのだから、苦しいに決まっている。

それにくらべると、愛することは自分で行為が完結しているので、苦しまない。(本当かなぁ?)ただよろこびあるのみ。(本当に?)

だったら、愛されようというところに身をおくよりも、愛する側に身をおくほうがよくはないか?

インタラクティブなもの。

照明
空間
写真
プロジェクター
動画的
重なり